2022.06.15
【高校ダイアリー リレー小説】Mission In Possible(第1話)
※高校ダイアリー2022夏号にて掲載した小説を再掲載いたします。
第2話はコチラ
Mission In Possible
第1話
作:石井遙尊 (岐阜高校 文芸部)
赤。
この色は昔から人間の奥底に潜む恐怖を煽ってきた。戦国時代において名をはせた武田や真田の赤備えは敵を恐れあがらせ、先のサッカーワールドカップにおいては「赤い悪魔」と形容されたベルギーが快進撃を見せ世界中を恐怖のどん底に突き落とした。
現代の学校生活においても似たようなものがある。これは、とある男子高校生が「赤」に恐れおののき、「赤」に翻弄される物語である。
今日も今日とていつもと何一つ変わらぬ日常が始まる。
大きなあくびをしながら階段を下ってゆく。父はもう仕事に出ていた。眠気眼の向こうに母の姿が見える。
「おはよう、あ、あと誕生日おめでとう~」
今日は、『日常』とはちょっと違う日であった。
「ありがと~」
今日でこのお話の主人公、原良助も十八歳、大人の仲間入りである。食卓に視線を移すと、いつもより少し豪華な面々がこちらを眺めていた。朝からハッピーな気分である。窓の外に目をやると、二羽の雀が庭で遊んでいた。
「行ってきまーす」
身支度をすませ、家を後にする。行ってらっしゃい、の声を確認してから学校へ向かう。爽やかな陽気を浴びながら歩みを進める。いつもより五分ほど遅く校門をくぐった。
教室に着くと、友人たちにも祝福された。プレゼントももらった。いつもより気分の良い日が始まる。
ただ、「嬉しくない」プレゼントがあることは、誰も知る由もなかった。
一時間目の授業。数学の教科担任の先生が、見覚えのある緑色の表紙の被さった紙束を持ってきた。テストである。チャイムが鳴る前に、と先生はちゃっちゃと返却作業を始める。
「このクラスにも一人おったけど、三十点未満の人は赤点やでね~。補習に参加すること~」
「おい誰だよ~あんなテストで引っかかるやつ~w」
誰かの言葉に、クラスが笑いに包まれる。
「誕生日おめでと~」
先生が声をかける。先生とは誕生日が一日違いなので、覚えていたようだった。
「あっ、あざま~す」
適当な返事をし、解答用紙を受け取る。
席に戻り、用紙を覗き込む。うっすらと透けて見える「八一」の文字。正直六割取れれば儲けものだと思っただけに、ラッキーである。
表情筋を緩めながら用紙を開く。
『一八』
じゅじゅじゅ、じゅうはち? ゑ? 何で? あ、逆向きにみえていたのか。赤点じゃね?
表情筋が強張るのが分かった。
「赤点だ…」
理由が勉強不足であることは明らかである。
良助はクラスの和に馴染んでおり、今風に言えば「一軍のしたっぱ」である。高校生のノリだからかは分からないが、勉強せずに高得点を取ることが「かっこいい」という共通認識であった。ただ、そんなのサブ的な目的でしかない。本命の目的がある。
―綾香、いわば、好きな女子である。あの娘の隣を、高得点が書かれた用紙を手に颯爽と通り過ぎるはずだった。しかし現実はというと…。全く、最悪の誕生日である。「日常」からは遠く離れた日となってしまった。誰だよこんな点取ったやつ。十八歳になった日に十八点、これは運命なのか?というか運命の赤い糸って赤点くらい赤いのか?呑気な良助を用紙上の一八は、あざ笑うかの如く視線を突き刺してくる。この点がばれたり補習に行ったことがばれたりすれば高校生活の終焉である。
補習は三日後にある。行くのが筋ではあるが、綾香や友人には気づかれたくない。どのようにしたら補習から逃れられるか。可能な範囲で、このミッションの解決策を考えた。
補習まであと二日。良い案が浮かんだ。脱走である。補習は三者懇談の裏で行われるため、午前で授業が終わる。部活もないため、人ごみに紛れて帰ればよい。教科担任は部活の顧問である。つまり連絡網の中に俺はいるのだ。メールならまだしも、友人と帰っている最中に電話がかかってきては終わりである。学校で見つかるよりもリスクが高すぎる。この案はボツである。補習を回避するのも、テストと同じくらい難しい。
補習まであと一日。ならば、堂々と休む口実を作った方が早いのでは。それなら一つしかない。―忌引きだ。ただ、良助の中にある良心が許そうとしない。だが、それ以外に良いと思えるアイデアが一つもないのだ。苦渋の決断である。忌引きの口実は…おばあちゃんにするか。御年七十を数えるおばあちゃんはピンピンしながら農作業をしている。―ごめんよ、おばあちゃん。良助は良心を犠牲にし、おばあちゃんを犠牲にした。
―ピロン。
携帯が鳴る。「明日 補習 がんばってね」
ん?単語が空白で区切られる独特な構文…。おばあちゃんだ。あれ?目から汗が…。てか、何で分かったんだ?答案用紙は教室のごみ箱に捨てたはず。何で知っているの、と聞くと、「おんなの 勘」。おばあちゃん恐るべし。おばあちゃんに心配されているのに、何てことをしようとしてたんだ。
良助が堂々と生きることを決めた瞬間であった。
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